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競馬予想 無料【日本ダービー】GI~競馬予想データCLUB~

競馬予想 無料 5月 東京競馬場開催 日本ダービーG1についての情報掲載☆レースデータ分析も公開中!是非、あなたの競馬予想(馬連・馬単・3連複・3連単)の参考にしてみてくださいね♪

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競馬予想 無料 日本ダービー 東京優駿 歴代優勝馬

競馬予想 無料 日本ダービー 東京優駿 歴代優勝馬



回数   開催日   優勝馬   性齢   勝時計   優勝騎手   管理調教師   馬主  
第1回 1932年4月24日 ワカタカ 牡3 2:45 2/5 函館孫作 東原玉造 乾鼎一
第2回 1933年4月23日 カブトヤマ 牡3 2:41 0/5 大久保房松 前川道平
第3回 1934年4月22日 フレーモア 牡3 2:45 2/5 大久保亀治 尾形景造 土田荘助
第4回 1935年4月29日 ガヴアナー 牡3 2:42 1/5 井川為男 布施季三 高橋錬逸
第5回 1936年4月29日 トクマサ 牡3 2:42 1/5 伊藤正四郎 尾形景造 山中清兵衛
第6回 1937年4月29日 ヒサトモ 牝3 2:33 3/5 中島時一 宮崎信太郎
第7回 1938年5月29日 スゲヌマ 牡3 2:33 2/5 中村広 千明賢治
第8回 1939年5月28日 クモハタ 牡3 2:36 1/5 阿部正太郎 田中和一郎 加藤雄策
第9回 1940年6月2日 イエリユウ 牡3 2:34 2/5 末吉清 石門虎吉 石田一
第10回 1941年5月18日 セントライト 牡3 2:40 1/5 小西喜蔵 田中和一郎 加藤雄策
第11回 1942年5月24日 ミナミホマレ 牡3 2:33 0/5 佐藤邦雄 東原玉造 池得次
第12回 1943年6月6日 クリフジ 牝3 2:31 4/5 前田長吉 尾形景造 栗林友二
第13回 1944年6月18日 カイソウ 牡3 2:39 1/5 橋本輝雄 久保田金造 有松鉄三
第14回 1947年6月8日 マツミドリ 牡3 2:35 0/5 田中康三 茂木為二郎 松末博光
第15回 1948年6月6日 ミハルオー 牡3 2:33 2/5 新屋幸吉 上村大治郎 石川了吉
第16回 1949年6月5日 タチカゼ 牡3 2:33 4/5 近藤武夫 伊藤勝吉 熊谷八郎
第17回 1950年6月11日 クモノハナ 牡3 2:44 2/5 橋本輝雄 鈴木勝太郎 北竹清剛
第18回 1951年6月3日 トキノミノル 牡3 2:31 1/5 岩下密政 田中和一郎 永田雅一
第19回 1952年5月25日 クリノハナ 牡3 2:31 4/5 八木沢勝美 尾形藤吉 栗林友二
第20回 1953年5月24日 ボストニアン 牡3 2:34 3/5 蛯名武五郎 増本勇 岡本治一
第21回 1954年5月23日 ゴールデンウエーブ 牡3 2:34 4/5 岩下密政 藤本冨良 川俣欣也
第22回 1955年5月29日 オートキツ 牡3 2:36 3/5 二本柳俊夫 大久保房松 川口鷲太郎
第23回 1956年6月3日 ハクチカラ 牡3 2:36 1/5 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第24回 1957年5月26日 ヒカルメイジ 牡3 2:31 0/5 蛯名武五郎 藤本冨良 新田松江
第25回 1958年5月25日 ダイゴホマレ 牡3 2:31 1/5 伊藤竹男 久保田金造 醍醐幸右衛門
第26回 1959年5月24日 コマツヒカリ 牡3 2:38 1/5 古山良司 大久保房松 小松重雄
第27回 1960年5月29日 コダマ 牡3 2:30.7 栗田勝 武田文吾 伊藤由五郎
第28回 1961年5月28日 ハクシヨウ 牡3 2:30.2 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第29回 1962年5月27日 フエアーウイン 牡3 2:31.2 高橋英夫 松山吉三郎 溝本儀三男
第30回 1963年5月26日 メイズイ 牡3 2:28.7 森安重勝 尾形藤吉 千明康
第31回 1964年5月31日 シンザン 牡3 2:28.8 栗田勝 武田文吾 橋元幸吉
第32回 1965年5月30日 キーストン 牡3 2:37.5 山本正司 松田由太郎 伊藤由五郎
第33回 1966年5月29日 テイトオー 牡3 2:31.1 清水久雄 増本勇 北村平三郎
第34回 1967年5月14日 アサデンコウ 牡3 2:30.9 増沢末夫 藤本冨良 手塚栄一
第35回 1968年7月7日 タニノハローモア 牡3 2:31.1 宮本悳 戸山為夫 谷水信夫
第36回 1969年5月25日 ダイシンボルガード 牡3 2:35.1 大崎昭一 柴田寛 高橋金次
第37回 1970年5月24日 タニノムーティエ 牡3 2:30.0 安田伊佐夫 島崎宏 谷水信夫
第38回 1971年6月13日 ヒカルイマイ 牡3 2:31.6 田島良保 谷八郎 鞆岡達雄
第39回 1972年7月9日 ロングエース 牡3 2:28.6 武邦彦 松田由太郎 中井長一
第40回 1973年5月27日 タケホープ 牡3 2:27.8 嶋田功 稲葉幸夫 近藤たけ
第41回 1974年5月26日 コーネルランサー 牡3 2:27.4 中島啓之 勝又忠 久保谷唯三
第42回 1975年5月25日 カブラヤオー 牡3 2:28.0 菅原泰夫 茂木為二郎 加藤よし子
第43回 1976年5月30日 クライムカイザー 牡3 2:27.6 加賀武見 佐藤嘉秋 (有)三登
第44回 1977年5月29日 ラッキールーラ 牡3 2:28.7 伊藤正徳 尾形藤吉 吉原貞敏
第45回 1978年5月28日 サクラショウリ 牡3 2:27.8 小島太 久保田彦之 (株)さくらコマース
第46回 1979年5月27日 カツラノハイセイコ 牡3 2:27.3 松本善登 庄野穂積 桂土地(株)
第47回 1980年5月25日 オペックホース 牡3 2:27.8 郷原洋行 佐藤勇 ホース産業(株)
第48回 1981年5月31日 カツトップエース 牡3 2:28.5 大崎昭一 菊池一雄 勝本正男
第49回 1982年5月30日 バンブーアトラス 牡3 2:26.5 岩元市三 布施正 竹田辰一
第50回 1983年5月29日 ミスターシービー 牡3 2:29.5 吉永正人 松山康久 千明牧場
第51回 1984年5月27日 シンボリルドルフ 牡3 2:29.3 岡部幸雄 野平祐二 シンボリ牧場
第52回 1985年5月26日 シリウスシンボリ 牡3 2:31.0 加藤和宏 二本柳俊夫 和田共弘
第53回 1986年5月25日 ダイナガリバー 牡3 2:28.9 増沢末夫 松山吉三郎 (有)社台レースホース
第54回 1987年5月31日 メリーナイス 牡3 2:27.8 根本康広 橋本輝雄 浦房子
第55回 1988年5月29日 サクラチヨノオー 牡3 2:26.3 小島太 境勝太郎 (株)さくらコマース
第56回 1989年5月28日 ウィナーズサークル 牡3 2:28.8 郷原洋行 松山康久 栗山博
第57回 1990年5月27日 アイネスフウジン 牡3 2:25.3 中野栄治 加藤修甫 小林正明
第58回 1991年5月26日 トウカイテイオー 牡3 2:25.9 安田隆行 松元省一 内村正則
第59回 1992年5月31日 ミホノブルボン 牡3 2:27.8 小島貞博 戸山為夫 (株)ミホノインターナショナル
第60回 1993年5月30日 ウイニングチケット 牡3 2:25.5 柴田政人 伊藤雄二 太田美實
第61回 1994年5月29日 ナリタブライアン 牡3 2:25.7 南井克巳 大久保正陽 山路秀則
第62回 1995年5月28日 タヤスツヨシ 牡3 2:27.3 小島貞博 鶴留明雄 横瀬寛一
第63回 1996年6月2日 フサイチコンコルド 牡3 2:26.1 藤田伸二 小林稔 関口房朗
第64回 1997年6月1日 サニーブライアン 牡3 2:25.9 大西直宏 中尾銑治 宮崎守保
第65回 1998年6月7日 スペシャルウィーク 牡3 2:25.8 武豊 白井寿昭 臼田浩義
第66回 1999年6月6日 アドマイヤベガ 牡3 2:25.3 武豊 橋田満 近藤利一
第67回 2000年5月28日 アグネスフライト 牡3 2:26.2 河内洋 長浜博之 渡辺孝男
第68回 2001年5月27日 ジャングルポケット 牡3 2:27.0 角田晃一 渡辺栄 齊藤四方司
第69回 2002年5月26日 タニノギムレット 牡3 2:26.2 武豊 松田国英 谷水雄三
第70回 2003年6月1日 ネオユニヴァース 牡3 2:28.5 M.デムーロ 瀬戸口勉 (有)社台レースホース
第71回 2004年5月30日 キングカメハメハ 牡3 2:23.3 安藤勝己 松田国英 金子真人
第72回 2005年5月29日 ディープインパクト 牡3 2:23.3 武豊 池江泰郎 金子真人
第73回 2006年5月28日 メイショウサムソン 牡3 2:27.9 石橋守 瀬戸口勉 松本好雄
第74回 2007年5月27日 ウオッカ 牝3 2:24.5 四位洋文 角居勝彦 谷水雄三
第75回 2008年6月1日 ディープスカイ 牡3 2:26.7 四位洋文 昆貢 深見敏男
第76回 2009年5月31日 ロジユニヴァース 牡3 2:33.7 横山典弘 萩原清 久米田正明



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競馬予想 無料 日本ダービー 東京優駿 歴史

競馬予想 無料 日本ダービー 東京優駿 歴史


  • 1932年 - 目黒競馬場の芝2400mの4歳(現3歳)牡馬・牝馬の定量の重賞競走「東京優駿大競走」として創設。
  • 1934年 - 施行場を東京競馬場の芝2400mに変更。
  • 1935年 - シアンモアが種牡馬として史上初の3連覇。
  • 1936年 - 単勝5番人気のトクマサが優勝、同競走史上初の単勝払戻し限度額200円の配当を記録。
  • 1937年 - ヒサトモが牝馬として史上初の制覇。2着サンダーランドも牝馬。
  • 1938年 - 名称を「東京優駿競走」に変更。
  • 1939年 - 中山4歳牝馬特別・横濱農林省賞典4歳呼馬・阪神優駿牝馬・京都農林省賞典4歳呼馬と共にクラシック競走体系を確立。
  • 1943年
    • クリフジが牝馬として2頭目の制覇。
    • クリフジ鞍上の前田長吉が、東京優駿史上最年少勝利記録となる20歳3ヶ月での勝利(2008年現在)。
  • 1944年 - 能力検定競走として施行(馬券発売なし・観客は少数の軍人と馬主など関係者200名ほどのみ)。
  • 1945年 - 太平洋戦争の戦況激化により中止。
  • 1946年 - アメリカ進駐軍の競馬場占領により中止。
  • 1947年 - マツミドリが優勝、父・カブトヤマ(1933年・第2回)との史上初の父仔制覇。
  • 1948年 - 名称を「優駿競走」に変更。
  • 1949年
    • 単勝19番人気のタチカゼが優勝、単勝5万5430円の史上最高額の払い戻しを記録。
    • 激しい大混戦のために競走中の馬群の各所で混乱が起き、競走後に騎乗した騎手全員が裁決室に呼び出されて戒告を受ける。
  • 1950年
    • 名称を「東京優駿」に変更。
    • 日本ダービーの副称が付く。
  • 1953年
    • 史上最多の33頭が出走する。なお出走登録は35頭で、当日2頭が出走を取り消した。またレース中に3頭が落馬した。
    • 日本放送協会(NHK)によるテレビ中継が始まる。
  • 1954年 - 元地方大井所属のゴールデンウエーブが中央競馬転厩馬として史上初の優勝、父:ミナミホマレに継ぐ史上2頭目の父子制覇。
  • 1956年 - 1コーナーで俗に言う「エンメイ事故」が起きる。馬主であった作家の吉川英治はエンメイの死と鞍上の阿部正太郎の騎手生命を絶たれる瀕死の重傷に大きなショックを受け、程なく競馬界から身を退く。
  • 1958年
    • 当時の内閣総理大臣・岸信介が観戦。
    • 元地方大井所属のダイゴホマレがJRA転厩馬として史上2頭目の優勝、父:ミナミホマレに継ぐ史上3頭目の父子制覇。
  • 1960年
    • 前年の9月1日から日本競馬の計時方式の変更に伴い、時計表示が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
    • バリヤー式スタートによる発走は本年まで。
  • 1961年 - スターティングゲートの採用により出走可能頭数を32頭に設定する。
  • 1968年 - 東京競馬場の施設改修工事により、施行期日を7月7日に設定。
  • 1969年
    • 1番人気タカツバキに騎乗した嶋田功が発走直後に落馬。
    • ダイシンボルガードの厩務員がコースに乱入。
    • 優勝騎手の大崎昭一が競馬ファンに胴上げされる珍事。
  • 1971年 - ヒカルイマイ騎乗の田島良保が戦後最年少となる23歳7か月にて優勝騎手となる。
  • 1972年 - ストライキ及び流行性の馬インフルエンザによる関東地区中央競馬開催中止の影響により、施行期日が7月9日に順延。
  • 1974年
    • 枠順抽選がマスコミに公開される。
    • シード制施行によりキタノカチドキが本競走で最初の単枠指定適用馬となる。
  • 1977年 - ラッキールーラが優勝し、管理調教師の尾形藤吉が、調教師として当競走最多の8勝目を記録。
  • 1984年 - グレード制施行によりGIに格付けされる。
  • 1986年 - 出走可能頭数を28頭から24頭に削減する。
  • 1988年 - 馬名入りゼッケンが採用される(前年1987年秋よりジャパンカップ以外のGIにも馬名入りゼッケンの拡大を行うことによるもの)。
  • 1989年
    • ウィナーズサークルが茨城県産馬及び芦毛馬として初制覇。
    • 1着の賞金総額が初めて1億円台(1億300万円)に到達する。
  • 1990年
    • 出走可能頭数を22頭に変更。
    • 世界最高となる入場者数19万6571人を記録する[10]
  • 1991年
    • トウカイテイオーが優勝し、父:シンボリルドルフに継ぐ史上4頭目の父子制覇。
    • 出走可能頭数を20頭に変更。
    • 入場券が前売り販売のみとなる(前年の19万人動員をきっかけに入場者の混雑防止を図る観点から。その後他の主要GI競走でも行われた)。
      • その後2002年からは前売入場券を入手できなかった者でも開門30分を過ぎると一般入場券または回数入場券で入場できるようになったが、記念入場券の前売り制度自体は2006年まで続いた。
  • 1992年 - 出走可能頭数を現在の18頭に削減する。
  • 1993年 - 皇太子殿下御成婚奉祝の副称が当年のみ付く。
  • 1994年 - ゼッケンの縁に金糸の刺繍が施されるようになる。
  • 1995年 - 指定交流競走となり、地方所属馬にも門戸が開放される。
  • 1999年 - 武豊が騎手として史上初の連覇。
  • 2001年
    • 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳牡馬・牝馬」から「3歳牡馬・牝馬」に変更。
    • 外国産馬の出走枠が制限付きで最大2頭まで出走可能となる。
  • 2002年
    • 当時の内閣総理大臣小泉純一郎が観戦。
    • 武豊が騎手として史上初の本競走3勝目。
    • この年より東京競馬第10競走として施行。
  • 2003年 - ミルコ・デムーロが外国人騎手として史上初の優勝。
  • 2004年
    • 安藤勝己が地方競馬出身の騎手として史上初の優勝。
    • ホッカイドウのコスモバルクが地方競馬所属馬として史上初の出走(8着)。
  • 2005年
    • 外国産馬の出走枠を最大4頭に拡大。
    • 武豊が騎手として史上初の本競走4勝目。
  • 2006年 - 外国産馬の出走枠を最大5頭に拡大。
  • 2007年
    • 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
    • 外国産馬の出走枠を最大6頭に拡大。
    • 記念入場券の前売販売を廃止し(フジビュースタンドの完成にともない観覧スペースが十二分に取れたことによる)、当日発売のみになる。
    • 皇太子がレースを台覧。
    • 当時の内閣総理大臣安倍晋三が観戦。
    • ウオッカが牝馬として3頭目の制覇並びに、父:タニノギムレットに継ぐ史上5頭目の父子制覇にしてかつ史上初の父娘制覇。
  • 2008年
    • 外国産馬の出走枠を最大7頭に拡大。
    • 当年のみ、JRAプレミアムの対象レースとなる。
    • 四位洋文が騎手として2人目の連覇を果たすと共に騎手として史上初めて牡馬、牝馬の両方で制覇。
  • 2009年
    • 内閣総理大臣麻生太郎が観戦。
    • ロジユニヴァースが優勝し、父:ネオユニヴァースに継ぐ史上6頭目の父子制覇。
  • 2010年 - 国際競走として施行予定。実現すれば重賞格付け表記が2006年以来4年ぶりにGIに戻ることになる



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競馬予想 無料 日本ダービー 東京優駿 解説

競馬予想 無料 日本ダービー 東京優駿 解説


主要な変遷


1932年(昭和7年)に目黒競馬場で第一回開催。一周1600Mのコースを1周半した。


1934年(昭和9年)からは目黒競馬場の廃止により東京競馬場に施行場を変更。これ以後「東京競馬場2400m」の条件は現在まで1度も変更されていない。


1938年(昭和13年)からは前年の帝国競馬協会解散に伴う日本競馬会への移管により名称を東京優駿競走に変更、また日本競馬会による「4歳(現3歳)5大競走」の形成に伴い同年に新設された京都農林省賞典4歳呼馬・阪神優駿牝馬、
1939年(昭和14年)に新設された横濱農林省賞典4歳呼馬・中山4歳牝馬特別とともに日本のクラシック競走を確立するとともにイギリスのクラシック三冠競走を範して4歳(現3歳)のクラシック三冠競走も形成、クラシック三冠競走の第2戦として位置付けられ、
また4歳(現3歳)の競走馬及び日本中のホースマンの憧れ及び目標となり競馬ファンからは「競馬の祭典」とも言われる大競走として位置付けられた。また、戦前は阪神優駿牝馬が秋の開催であったため牝馬の出走も多かった。


1944年(昭和19年)は太平洋戦争(戦時中)の影響で勝馬投票券の販売なしの競馬開催の中、能力検定競走として施行、
1945年(昭和20年)・1946年(昭和21年)は太平洋戦争および終戦におけるアメリカ進駐軍の競馬場の占領により開催中止、
1947年(昭和22年)からは前年の10月17日からの国営競馬再開に伴い他のクラシック競走(桜花賞・農林省賞典・優駿牝馬・農林省賞典4歳馬)と天皇賞(春・秋)とともに再開された。


1948年(昭和23年)からは名称を優駿競走に変更、
1949年(昭和24年)からは日本競馬会の運営が独占禁止法に触れるとの声から日本競馬会の解散及び国営競馬へ移管した。


1950年(昭和25年)からは名称を現在の「東京優駿」に変更、また「日本ダービー」という副称も付けられ正式名称を超える競馬の代名詞ともいえる認知度に至った。


1953年(昭和28年)は本競走で初のNHKによるテレビ中継を行った。


1968年(昭和43年)は東京競馬場のスタンド改築工事による順延開催で7月7日に、
また1972年(昭和47年)もストライキや流行性の馬インフルエンザの影響で7月9日に順延開催し両年の本競走は7月に施行されたことから「七夕ダービー」と呼ばれた。


1974年(昭和49年)からは競馬関係者による不祥事などから枠順抽選がマスコミに公開されるようになり、
1984年(昭和59年)からはグレード制施行により最高位のGIに格付けされる。
1993年(平成5年)には徳仁親王と小和田雅子の御結婚を祝い皇太子殿下御成婚奉祝の副称が付けられ1995年(平成7年)からは指定競走となり、地方競馬所属の競走馬も出走可能になった。


1995年(平成7年)までは5月最終週の日曜日の開催だったが
1996年(平成8年)に高松宮杯(現・高松宮記念)がGIに格付けされ開催時期が優駿牝馬(オークス)の前週に繰り上げられたことに伴い、6月第1日曜に開催日を変更(それに伴って優駿牝馬(オークス)が5月最終日曜に繰り下げ)した。
しかし2000年(平成12年)に高松宮記念の開催が3月最終日曜に再度繰り上げられたため、本競走の開催は元の5月最終週の日曜日に戻った。
ただし、2003年(平成15年)からは6月1日が日曜日の場合に限り、5月最終日曜ではなく6月1日に開催されることになった。これまで12月27日までに開催されていた有馬記念が28日に開催されることになり、全体の日程が繰り下がったためである。


2001年(平成13年)からは外国産馬の活躍による出走資格の見直しの一環により総収得賞金額上位2頭の外国産馬が出走可能になり、
2005年(平成17年)からは青葉賞での優先出走権の取得を設けたことにより上位4頭に拡大され
2006年(平成18年)はさらに上位5頭までに拡大された。これによりクロフネやシンボリクリスエスといった後に日本を代表する外国産馬も出走したが
2008年(平成20年)まで外国産馬の優勝馬は出ておらず、
2002年(平成14年)にシンボリクリスエスが2着に入ったのが最高成績である。


2010年には国際競走となり、外国調教馬の出走が可能になる。
それに伴い、2007年(平成19年)からJpnIで施行されていた格付けがGIに戻ることとなった。


現在の優勝レイの配色は赤色地に金色文字となっている



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